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フリバイカ日誌

フリーターでバイク乗りの些末な日常です

「最小限」という暮らし方

考え方

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ミニマリスト

「断捨離」とか「ミニマリスト」という言葉が流行った。

今もその生き方を実行している人たちが、ブログや本にそのことを書いていたりする。

僕は物に囲まれた生活や無駄の多い生活を愛しているので、そういったことに対してはピンと来ていない。

でも、そういう人たちの執筆するモチベーションってどこから来ているんだろうってことをふと思った。

「こんなに素晴らしい生き方がある!みんなに紹介したい!」

みたいなことなのだろうか。

正直、僕にはその考え方があまりしっくりきていない。

幸せな生き方って人に紹介したいか?

幸せな生き方の紹介っていうのは、なんだか、たまに家にやってくる宗教の勧誘と同じニオイを感じてしまう。

たとえば、僕が気に入ったお店があったとしてブログとか口コミで紹介するとする。

そうして広めることでお店に対して恩返しができる可能性があるし、それをモチベーションにできる。

ミニマリストの暮らしを啓蒙するのは、そういうことには繋がらない。

ただ捨てていくだけ。

あるとしたら

「生活がスッキリして快適になりました!教えてくれてありがとう!」

みたいな読者からのお礼の言葉や、

「とっても素敵なお部屋ですね!」

みたいな褒め言葉なのだろうか。

それも立派なモチベーションのひとつだと思うのだけど、なんだかブログを書くのってそれだけで続けられるほど楽なことではないと思う。

無駄を省く生き方なのだったら、それこそ無駄なほうに分類されそうな行為だし。

なので、僕が思うに彼らのモチベーションはそれだけではないんじゃないかな~と考えている。

彼らはもしかして、仲間が欲しいんじゃないだろうか?

僕の友人の話

僕の友人にとても自由な生活をしているやつがいる。

そいつは今はシェアハウスに住んでいる。

今はこのページの図で言うと「コンパートメント」というつくりの部屋に住んでるらしい。

色んなところを転々としているので、家には帰って寝るだけでいい、という考え方だという。

シェアハウスというとテラスハウスみたいなのを連想するけど、そういう活用のしかたもあるんだな。

自分に合ったスタイルを自分で選び、実践している。

これこそミニマリストなんじゃないか、という気がするんだけど、ミニマリストの人でこういう部屋に住んでる人って見たことがない。

もっと閉じられていて、物の少ない中で住んでいる感じ。

物のない不安

物が少ない生活ってやっぱり不安だと思う。

快適だと言っても、生きてる限り何が起こるかはわからないわけだし。

そんな時に、足りない「それ」を持っている誰かに借りることができれば問題はないわけだけど。

ミニマリストの生活をしている人はプライドをしっかりと持っている気がする。

一歩間違えると物乞いになってしまいそうな、他人へのおねだりってできなそうな感じがする。

同じミニマリストや、物が少ないことを理解してくれている人なら、ねだるまでせずとも、困っていることを知らせれば助けてもらえるかもしれない。

先に出てきた友人には、僕は色んなものを貸してきた。漫画からゲームからお金まで。

「悪い!貸して!」

の一言で。

自分が貸してほしい時に「貸して!」と言う。

良い意味でも悪い意味でも、図太い奴なのだと思う。

「分け合ってほしい」と伝えられる図太さ

だけど、そういう図太さって大事だと思う。

「最小限で生きる」というのは「人と分け合う」ということと切り離さずには考えられないと思う。

友人だって、僕やいろんな人たちから物を借りたりしているし、シェアハウスにある共同の風呂やトイレやラウンジやキッチンといったところを利用している。

写真を見せてもらったことがあるけど、これがなかなかキレイで、正直なところ、物のない真っ白な部屋よりも健康的でおしゃれな気がした。

本当の「最小限の生活」

本当の最小限の生活というのは、捨てていくだけではなく、たくさんの人に助けてもらうことで、ようやくできるものだと思う。

そう考えると、ミニマリストの人たちがブログを書いている理由も、ブログを通じて人を集めたがっているのではないか。と思えるようになった。

どれだけ物を捨てていっても、人との関係だけは捨ててはいけないということなんじゃないかな。